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■ある古い友人が、毎週、自分のホープページにコラムを書いている。いつまで続くかなあ、とウォッチしていたところ、いつの間にか、今週で96回目となった。
■毎日更新されるコラムや日記のようなウェブページは、作成者が一日の行動パターンとして更新することを日常化しているので、けっこう長続きするものである。余談だが、毎日更新されるコラムは、ある特定の人物に向けて発信されたメッセージである場合が多い。だから…かな、確定はできないが、確定したくもないが、発信者の目的が達成されると、そのコラムや日記がパッタリと消滅してしまう場合がある。あるいは、数週間更新されなかった後で、復活する場合もある。
■隠れ読者の中には、更新の頻度を楽しむ人もいる。更新された新しいメッセージを読んで楽しみ、更新されないときに発信者がどんな状況に陥っているのかを想像する楽しみを味わっている。それって、ちょっとずるいんじゃない? 気になったら、一言メールしてあげるべきだろう。
■話を戻そう。一週間おきに定期的に更新するという行動には、ある特殊な持続能力が必要である。少なくとも、私にはできない芸当だ。その特殊な持続能力を持つ彼は、「テクニカルコミュニケーション」という、最先端技術の使い方を解説する、いわゆるマニュアルを作る特殊な業界人たちに対して、メッセージを送っている人物である。
■まあ、言葉を尽くして説明する文書に、“ハッ”とするような魅力はないのだが、その内容には注目すべきものがある。以下に、本日、掲載されたコラムを紹介したい。
No.96 リンクの自由について
ウェブサイトから他のウェブサイトにリンクを設定する場合、相手先のサイトの了解を得る必要はあるのでしょうか。たぶん考え方は人により異なるでしょうが、現状、三種類くらいに分けられると思います。一つめは了解を得る必要はまったくないという立場。二つめは了解を得る必要があるとする立場、そしてその中間の、了解を得る必要はないがトラブルを避けるために了解を得ておいたほうがよいという立場が三つめ。私は了解を得る必要はないと考えています。一つめと二つめの考え方の人が少なからず存在することは、私のところにリンクを貼ってもよいかという問い合わせや、リンクを貼るがもし問題があれば連絡してほしいという連絡がときどきくることから想像ができます。また、実際いろいろなサイトを見ていると、リンクを貼る場合は必ずメールで許可を求めてくれと書いている人は少なからずいます。
サイトの所在(URL)を一般に対して告知せず、検索サービスに登録せず、限られた人にだけ公開しているという場合は別として、一般に向けて公開しているのであれば、それはいわば本を出版したようなものだと思います。そうであれば、その存在と場所とを他のサイトでもって紹介されることを拒む「権利」(リンクを拒む権利)はもはやないのではないでしょうか。それがたとえ批判的立場からのリンクであっても。ウェブサイトを公開するということは、そういうことなのだと思います。皆さんはどう思われるでしょうか?(2001.2.24:伊藤テクライト事務所) 。
■この勇気ある発言に触発された。グエルのホームページもそうであるべきだと感じ。そこで、すべてリンクフリーとする。
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