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2001年11月29日(木) 情報技術の根っこを見てないよ |

表参道の街路樹が風に舞うのを見ていた……
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■三ヶ月ぶりに日記を更新した いろいろと見直しをしていたら、三ヶ月もたってしまった。世の中はドッグイヤーだというのに、のんきなもんだ。 ■ITはInternet Technologyじゃない 誰かが大声で質問する声が聞こえてきた。 オイオイ違うだろ、ITはInformation Technologyだよお、ある技術系出版社の会議ブースに入って打ち合わせしていた私は、ピクンと反応してつぶやいていた。 インターネットを使いこなすための方法や技術があまりにも注目されているため、ITのIをInternetだと誤解しても無理はない。技術系出版社でITにドップリつかっている編集者たちですら、つい間違ってしまう。とすれば、一般的には同じような誤解が蔓延している、と容易に想像がつく。 こんな状況では、日本がIT先進国になる日はほど遠いだろう。光ファイバーが整備されても、パソコンを使えるようになっても、ITを使いこなせるようになった、とは言えない。なぜなら、ITの本質は、情報をより迅速に正確に分かりやすく伝えることであり、インターネットはその技術を生かす最も有効なツールのひとつに過ぎないからだ。 ■日本のITに欠落しているドキュメンテーション技術 じゃあ、何が日本人に抜け落ちているかというと、それは第一にドキュメンテーション技術だ。二つ目は、ドキュメンテーションの延長上にあるプレゼンテーション技術。そして、三つ目は、世界に通用する語学力。話が長くなるので、ここではドキュメンテーション技術についてのみ、少しだけ気になっていることを書いておきたい。 ドキュメンテーション技術とは、物事をあるがままに書き表すための技法のことだ。米国では、文章を系統だって書く訓練を小学校の頃から教育を受け、中学、高校、大学と進むに従って洗練された文章を書く手立てを、自分の引き出しとして着実に増やしていく。 彼らと仕事をするとよくわかるが、彼らの文章を書くスピードが何と速いことか、と舌を巻く。文字を書くのが速いということではなく、ひとつのまとまった文章を仕上げるのが速いという意味だ。彼らは資料を引用し、論理的に話を進めることに長けている。 彼らはマニュアルなどの資料を丹念に読む。読むスピードも速い。検索してお目当ての情報を絞り込むのもうまい。コンピュータを使いこなすために生まれてきたんじゃないか、と苦笑するほどだ。 ■論理展開のパターンはあっけないほど単純 彼らが言うところの論理的という話には、慣れてくるといくつかのパターンがあることに気が付く。彼らが中学校のときに使っていたという国語の教科書を見せてもらったことがあるが、ハハアーン、そうだったのか、と誰もが納得するだろう。大雑把に言うと、あるひとつのテーマについて文章を書くとき、以下の4つのパターンで話を進めていることがわかる。 1 時間軸で書く(Chronological order) 映画のストーリー展開やカメラ移動から連想されるように、これらのパターンをいくつか組み合わせて、押したり引いたりしながら、結論に持っていく。それだけではない。ひとつの段落にひとつのテーマで書くという徹底した「段落作文」に対する訓練が、論理的に組み立てられた文章を洗練させていく。まあ、雑誌では記事のタイトルや文頭には「つかみ」と呼ばれる言葉や文が必要になるし、論文や小説では書き方も全く違うが、「段落作文」という考え方は、ビジネス文書の書き方にも通じ、一度は触れておくべきだろう。 ■米国人がマニュアル好きなのはなぜか 彼らはなぜマニュアル好きで検索好きなのか? それには歴史的な理由がある。話は第二次世界大戦までさかのぼる。米国は短期間で兵を増強するために、違った言語を話す人たちでも間違いなく理解できるように、使う語彙を絞る込み、難しい内容を簡単な言葉で分かりやすく意思伝達することに務めた。ことは生死に関わる問題である。より正確な情報伝達のために、詳細な文書が作成された。銃器の取扱い説明書だけでなく、任務内容も明確に記述された。そうしなければ、通じなかったから仕方がない。 文書の体系は非常に単純で、大雑把に言うと、以下のような4種類に分類されていた。 1 概要説明(General Descriptions) 誰が使うかで分類されていたようだ。たとえば、概要説明は将校が読み、機能解説は技術将校や現場の軍曹が読み、操作説明や操作流れ図は現場の軍曹は兵卒が読む、といったところだろうか。すべての装備にドキュメントが添付されたという。この膨大な文書集は「ミル・スペック」(Military Spec)と呼ばれ、米国でのドキュメンテーションの基礎を作った。 戦後になると、建築、航空、通信、電気、流通など、あらゆる業界で実践された。1953年には、情報技術に携わる業界の民間団体まで既に設立されている(STC=Society for Technical Communication)。 拡大志向が強く人口密度が低いアメリカには、自分の問題は自分で解決すという文化が根強い。解決する手段があれば自分で手に入れようとする。マニュアルもインターネットでの検索も彼らにとっては、その便利なツールなのだろう。近くにいる人に聞けばこと足りる、他人に依存する日本とは文化が違う。 ■日本のドキュメンテーション事情はまだこれから 日本におけるドキュメンテーションが大きく動き出したのは、二十年ほど前のことだ。米国の巨大企業AT&Tが分割され、外国へむけてアメリカの市場が大きく開放された頃から動き始める。もちろん、航空業界のように、早くから日本に定着していた業界では、英文をベースにすでに活躍していた日本人の専門家も存在したが、その数はほんのわずかだった。 日本の電気通信業界は色めきたった。巨大な市場が目の前にある。売り上げを大きく伸ばすチャンスであると同時に、それまで半分以上の売り上げを依存してきた電電公社からの呪縛から少し開放され、独自の道を模索できるかもしれない。ある程度の成功をおさめることができれば、アジアやアフリカといった未知の市場、あるいは、欧州の巨大市場で互角に戦えるかもしれない。と、考えたかどうか知らないが、とにかく、参入のチャンスを与えられたのだった。 日本の電気通信業界は技術には自信があったが、ドキュメンテーションでかなりてこずる。その理由は、ドキュメンテーションの文化が乏しかったからだ。用語を統一するだけでも一苦労だった。同じことを表現するのに、隣りの部署で違った表現をしている。距離が遠くなればなるほど、その違いは広がった。要求された文書を作成するには、組織体系を組み替えることも発生した。外国の文献を独り占めにして、その分野の大家と称されることが多かった日本である。ソフトウェアの開発者たちが、自分たちの方言を使って情報を開示することを嫌ったのも分からないではない。 ちなみに、その頃に「テクニカルライター」という職業が認知され始めたのだが、当時は開発者たちから情報を強引に引き出したり、組織どおしの間に入って調整するロビーストめいた政治能力も彼らには必要とされ、実際に書く時間はほんのわずかだった。そして、英語も不可欠であった。 米国で生まれた新しい理論に日本人はめっぽう弱く、すぐに飛びつく。米国では、新しい概念を理論化してでっち上げない限り誰からも評価されないし、理論化する手立てを知っているので、次から次へと新しい概念が生まれる。そうして、カタカナ用語が日本になだれこんでくる。その概念を最初に紹介した日本人が、その分野の権威者みたいに扱われる。昔と同じことを繰り返しているとすれば笑止千番だ。 ITのIはインフォメーション。わかりやすい情報はどうすれば作れるのか、新しい概念をどうすれば作れるのかは、小学校から始めねばならないだろう。 ■情報という言葉は森鴎外の翻訳語 昨夜、「日経IT21」編集部の方々と赤坂の『十干(じっかん)』に招かれた。今年の打ち上げと今後の予定を確認するためだ。そこでは、やはり「情報」という言葉の話になり、卒論で森鴎外についての研究をしたという池○氏から面白い話をうかがった。そもそも情報とは情(思い)を報じる(伝える)ものだと。 ■魅力的な情報とは 読者が求める情報は分かりやくなければ使えない。しかし、分かりやすいだけでは魅力に欠けることがある。時代が求める情報は、時代が今すぐに必要とし刹那的に圧倒的な支持を受け、人々に喜びを与える情報と、大多数の人には理解できないが、時代を代弁する情報として最終的には生き続ける情報がある。だから…。 とても長くなってきたので、この続きはまたにしよう。 |