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2002年8月1日(木) 朋が来たる週末に、集う飲み屋を探す夜


ギャラリー通り

●歩くと旅人気分のギャラリー通りは起伏が美しい●

■東京は昨日に続きこの夏いちばんの暑さ。昨日は暑さをさほど感じなかったのに、今日は暑さがこたえた。風も幾分かあり、薄く雲がかかってはいたが、実のところ湿度は60%を割っており、じめっとしていたわけではない。■骨董通りの中華風家庭料理屋『ふーみん』にランチを食べに歩いていたとき、もう勘弁してよ、とでも言いたくなるほどの暑さを感じたのはなぜだろう。アスファルトからの照り返しもある。フル回転する冷房器からの温風も相当なものだ。しかし、それは昨日だって同じはず。■じゃあ、なぜ今日に限って、ゆで過ぎた卵のようにどうしようもない、うだるような暑さを感じたのか。その原因は何なのか。■空を見ていたら、その原因が分かった気がした。

■私が小さい頃は、布団は母親が作り直すものとばかり思っていた。「綿打ち直し」という専門の店が住宅地には必ず一軒はあった。同級生の伊藤博君は両親が経営する店の手伝いで時折り学校を休むほど、「綿打ち直し」という商売は繁盛していたのだった。■灰色に変色した古い綿が打ち直されると、二割ほど目減りするが、弾力のある真っ白い綿に生まれ変わって戻ってくる。■真っ白に打ち直された綿を使って、母親が布団を作り直す。母親だけでは手が回らず、子供たちも手伝うのが習いだった。前より少し大きめの布団を作るのは、親にとっても子供にとっても楽しみのひとつだったに違いない。■とはいえ、布団つくりは一日がかり。まず、綿をくるむ大きな布を畳の上に広げ、真綿(絹の塊のことだ)を薄〜く引き伸ばして布の端から端まで薄い膜でおおう。細く粘るような糸の感触。絹の匂い。金糸の輝き。■その上に綿を敷いていく母親。打ち直した綿だけでは不足するので、新しく買ってきた綿を足す。■綿を一面に敷き終わると、また絹の出番となる。綿全体を包み込むように真綿を引き伸ばしていく。■真綿の役割は大きい。細かくなった綿が布団を包む布の縫い目からはみ出ないように、綿と布が緩やかに吸着するように、綿にたまった温かい空気を逃さないようにする。■今日の熱気は、あの真綿にくるまれた綿の中に閉じ込められたからに違いない。

■今度は○○円しか予算が取れなくてすいません。と、T氏は移動中のタクシーの中から電話をしてきた。…いくらでもいいですよ、そちらにお任せします。…じゃあ○○円で請求書を切ってください。…はい、分かりました。と言って電話を私は置いた。告げられた金額は仕事が始まる前に私が予測した金額と全く同じだった。そんなときは、金額の大小に限らず少し嬉しい。

■仕事が始まる前に見積書を必ず作ることにしている。正式に提出しなければいけない場合もあるが、その必要がない場合でも必ず見積書は書く。見積書を書く行為は、単に金額を割り出すためだけではない。見積書を作っているときに、これから始まる仕事の工程や収束方法を否が応でも予測しなければならないからだ。

■夜、週末に集まる安酒場を神宮前へ物色に行く。上空には時折りフラッシュのような光が焚かれていた。昼過ぎ、青山通り沿いにはテキ屋の屋台が並んでいたという。祭りは明日からだが、前夜祭に浮かれた連中が花火を打ち上げているに違いないと、傘も持たずに飛び出したのだった。

■一軒目の『○○○』。東急ストアそばの地階に下りていく。「カウンター席でよろしいですか」と、いきなり来た。店の都合を最初から客にぶつけてくる店は期待できない。接客がダメな店は料理も予想通りスカ。次の店へと早々に退散す。

■地上に出ると、雷が鳴っていた。あの暗闇を照らしていた閃光の意味が初めてわかった。空に留まった昼間の熱気は暗雲の傘となり、暗闇の空に焚かれる稲光となり、雷鳴を落とす。夏だ。夏の夕暮れを飾る夕立。二軒目へと急ぐものの、閃光と雷鳴の間隔が次第に短くなってきたため、お店探しはあきらめて家路につく。とどろく雷鳴の中、ポツポツと坊主頭を打つ大粒のしずくに追い立てられるのも、また一興かな。背中を球の汗が流れた。

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