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2003年2月4日(火) 金は天下の回り物


●深夜に帰宅すると東京タワーが小さく見える(南青山四丁目)●

■不況だからこそ金を使い切る。使い果たして学習し次に備えるべし。

■午後いちで会議。久しぶりにW氏と仕事をすることになった。二週間後あたりから動き始めればよい、とのこと。
■別件の編集が架橋に入っている。編集とはいえ、文章だけでなく文脈そのものにも手を入れているため、かなりの時間を要しスケジュール的に押しまくられ状態。そこまで手を入れなくてもと遠慮していては質が落ちる。こうしたほうがいいと思ったことはやるべし、なのだ。そうしない限り必ず後悔するから…。
■もう一件の翻訳編集もそろそろまとめにかかる時期。ぜひとも決着をつけておきたい書き物もある。とにかく、ゆっくりと無駄なく動き、ひとつずつ仕上げるしかない。

■珈琲は豆を挽いてすぐに抽出するのがよい。特に中煎りの豆は、粉に挽くと劣化が激しいからだ。挽き立てとそうでない珈琲は、別物と言ってもよいほど。粉に挽いて販売するのは辞めるべきじゃないか、と思い始めている。ちゃんとしよう、と思う。
■その代わり、安価で手に入る珈琲ミルや円錐サーバーを紹介しよう。
■時間を短縮できたり、お手軽にできることも魅力的だが、鈴木政勝という焙煎職人が煎った珈琲豆は違った世界にある代物(しろもの)。ゆっくり味わう世界の代物なのだ。旨いものは旨い状態で届けるのが筋だろう。

■くそ忙しいのに夕方から渋谷PARCO劇場にて「Slapsticks」という劇を観る。
■舞台装置も面白い仕掛けで楽しませてくれた。過去と現実とをオーバーラップさせる手法も大胆で良かった。テーマとして描かれていた映画人たちが注いだ情熱も伝わってきた。気鋭の作・演出と人を呼べる役者たち。中休みを入れて三時間ほどの演劇はよくできていた。
■ただし、脚本は気に入らなかった。というか、期待していただけに、腹が立つほど貧弱なできだった、と言いたい。筋立てに無理がある。主役が引き立たない。ディテールに必然性がなく、無駄が多い。ギャグがすべる。
■楽しみにしていた主役のオダギリジョーやともさかりえを活かしきれていない。古田新太や山崎一といった芸達者な脇役たちの演技は素晴らしかったが、誰にも感情移入できない演劇は、お粗末としか言いようがない。
■上演時間2時間50分、観劇料8,500円。時間もお金も惜しまれる劇だった。いくつかそぎ落としてしまえば、スッキリするのではないかと思う。いろんな意味で、惜しい。

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