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■毎週日曜日はマラソンの日。神宮外苑を走る予定だったが、隣接する国立競技場は「東京国際マラソン」のスタート地点であり、ゴール地点。隣接する秩父宮ラグビー場では、日本選手権の予定。当然ながら、いつもと違う桁違いの数の人たちが、神宮外苑周辺に集まってくるはず。というわけで、混雑から逃れ、迷惑をかけるのを避けるために、夕方から走ることにしたのである。
■午後4時になってもポカポカ陽気は残っていた。走り出すと、気まぐれなプリマヴェーラに誘われて、ついペースを上げてしまう二人。春の女神が見え隠れするこの時期は、モノクロームだった意識の中に目くるめくような色彩が唐突に塗り込まれる季節。突拍子もない行動を誘発する液体が脳を駆け巡り始め、そして戸惑う自分を楽しむ自分を感じるのだ。
■相棒のW氏と二人で神宮外苑を三周して帰宅。自宅から神宮外苑への行き帰りも走る。しめて50分のランニングだ。先週の60分より10分短縮。8分で走っていたコースを1分短縮し、7分で走る計算になる。そう考えると、なんだかスゴイように聞えるが、重要なことは記録ではない。走る快感がすべてなのだ。
■春の陽気に誘われたいつもと違う速いペースは、一周目にして当然のごとく悲鳴を上げた。しかし、つぶれる前に修正すべしと、すぐにアラームを出す一年間の蓄積。二周目は少しペースを落としぎみにし、三周目は意識的に無理をしないように走った。今日もかろうじて存分に味わう、行きそうで行かない快感。
■とはいえ、思いも寄らぬ誤算がひとつあった。ペースを落とした、という感触とは裏腹に、一周目より二周目、二周目より三周目と、タイムは短縮されていたのである。それは一体なぜなのか?
■その答えはあっけないほど簡単だ。ある一定のスピードで走り続けていると、それが当たり前なんだよ、という麻薬のような化学物質が出てくるからに過ぎない。
■走り始めた一年前から、生活はほとんど変わっていない。酒と煙草と不規則な生活は続行中。にもかかわらず、走ることが快感に変わってきたのは、この一年で心肺機能が確実に向上したからと思われる。
■ランニングの途中で赤と白の小さな旗を持った人たちとすれ違った。秩父宮ラグビーから出てきた「早稲田大学」の応援団らしい。
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