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●ランブラス通りはタイムマシン●
 

2004年4月4日(日) 実績という“カス”を捨てろ

道の中央は人が占領し、みなゆったりと歩いていた。

散歩を邪魔しないほどの間隔で並ぶ出店と椅子。観光客とおぼしき人たちが出店に集まり、並べられた椅子には誰かがいつも座っている。ちょっとしたパフォーマンスで楽しませてくれる芸人たち。ピエロや手品師、バイオリン弾き、ドン・キホーテ、突然動き出す彫像…。

車はけっして入ってこれない。広い道の両側にとってつけたような細いスペースが車に与えられているだけだ。そのスペースにも人が遠慮なく入り込んでくる。一方通行のこの細い道では車も散歩を楽しんでいるようだ。

ここはランブラス通り。バルセロナの旧市街を南北に貫く大通りだ。北はバルセロナのモデルニスモを具現化した建築物が立ち並ぶグラシア大通りにつながり、南はバルセロナ港に突き当たり地中海が広がる。

この通りを歩いていると、数百年もの時間を旅しているような感覚を味わうことがある。


ランブラス通りはタイムマシン

私は毎朝ランブラス通りを三十分ほど散歩して『カフェ・エスクリバ』まで通った。

カフェ・コンレチェ(カフェ・オ・レ)に焼きたてのクロワッサン、そして自慢の自家製ショコラ。パンはクロワッサン以外にも砂糖をまぶしたもの、バターを使っていないもの、細くて香ばしい硬いパンもあって飽きない。

十日も通っていれば、家族でやっている店だ、顔も覚えられる。かなり懇意にしてくれた。それだけでも日参する価値はあるが、なんと言っても、目覚めたばかりの朝をいい気分にさせてくれたのは、この店の娘たちの笑顔だった。


『カフェ・エスクリバ』のエンジェルたち

まあ、スペイン女性は二十歳までは天使のように美しいといわれるが。内側からあふれ出てくる微笑は、まわりにいる人たちを幸せにしてくれる。カフェをやってることが楽しいのだと、彼女たちは言う。

人を管理したり会社経営をしていると、最悪のケースを想定した計画を考えるのは当たり前。ただし、そのような考え方に振り回されすぎると、顔から笑顔がなくなり、心から笑えないようになる。モノ造りを楽しめなくなる。何のためにモノ造りをしているのかを見失ってしまう。ベテランになればなるほど、この落とし穴に入ってしまう。いつの間にか「長年の実績」と称するカスを溜め込んでしまうのだ。そうして、心まで濁らせてしまうのだ。

そのままでいいわけがない。

自分が築き上げてきた実績や成功してきた方法論、生活する姿勢など、あらゆるものを否定し、ひととなりまで自分に考え直しを迫ったことがあるか。人の目に左右されず、自身の呪縛からも解放されたモノ造りをするには、意識的な訓練と強い意思が必要になる。

きみにその意思はあるか?
(1998/4/13 記)

■あれから六年ほどの月日が流れたが、カスを捨て切ることはできていない。あらゆるものを否定しようとしても、そう簡単にはいかぬ。■捨てねば、という意思は持ち続けてきたが、訓練が十分でなく、かえって心の濁りは増してしまった。ままならぬ現実とのギャップに苛立ち、これまでの自分のいやらしさと、これからの自分の潔癖さをコントロールできず、最近いろいろな場面で問題を引き起こしているのは、そのためだ。■訓練は十分ではないが、最初の一歩を踏み出すときは迫っている。あとは心の問題か…。

 

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