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1999年12月の出来事

2000/03 2000/02 2000/01 1999/12 1999/11

【12/1:水】年末進行いよいよ本番
 今年は月刊誌での連載を再開したため、“年末進行”の波を大きくかぶることになった。12月に入ると1.5倍〜2倍の密度で原稿執筆が迫られる。テンコ盛りの「オルセー美術館展」へ行く。平日は空いてる。青山ブックセンター(ABC)で「なるほど!Windows 98 改訂版」(新刊)が平積みらしい。珍現象だ。でも嬉しい。アートの殿堂ABCでなお嬉しい。富田麻紀子さんのカバーデザインに品格があるからだろう。

【12/3:金】夜は宴:企画勝負!
 本づくりの醍醐味をかんき出版の元編集長片山氏から聞いた。ユニークな企画でヒットを連発している日本実業出版社の白井基夫氏、「できるシリーズ」のデザインをしている山岡裕紀氏を加え、三時間に渡る壮絶なバトルは新宿東口『犀門』(さいもん)でいったん幕を下ろした。残り火は南青山の『炙家』(あぶりや)で再然。「優秀な編集者が一人いれば、出版社は一年で十億円を稼ぎ出せるという。出版という事業は博打や危ない薬のように一度やったら止められないそうだ。創る側からは計り知れないものがある。師走には宴の合間が仕事かな。

【12/4:土】昼に宴 祝!合宿生活丸三年
 世の中にはどうあがいても追いつけない天才がいる。本日はその天才バカボン四人衆のうち三人が集結し、神田神保町の「鶴八」で寿司を食った。「死ヌ前ニ、鶴八ノ寿司ヲ食イタイ」と何人にも言わせてきた今際(いまわ)の鮨屋。貧弱な店構えに簡素な道具。職人二人が仕込んだ食わせるだけの味に、言葉は要らなかった。類は朋を呼ぶのだろう。天才バカボンたちは黙々と食っていた。私がこんなとこにいてもいいのか…そんな思いのまま眠りについたらとんでもない夢を見た。「鶴八」という名前を口から出せないまま悔しい思いで死んでいくのだ。「アッ、アッ…アッ、ンン、アッ」としか言えない。悶えているわけではない。「(アッ)アノ寿司ヲ、(アッ)アノとき食ッタ (アッ)アノ寿司ヲ、(ンン)ナントカシテヨ (アッ)アノ寿司ヲ」が本意。しかし酷い句だ。韻を踏んでも役立たず。言えても鶴八は出てこないし。馬鹿ものめ!

【12/5:日】夜は宴:誕生日を祝う
 鈴木眞里子君の誕生日を南青山のイタリア料理店“RISTORANTE Hiro”(南青山5-5-25 T-PLACE B1F)で祝った。バルセロナのレストラン“カサ・ビセンス”を思わせる盛装も似合う青山らしい正統な雰囲気。廉価過ぎて客層に落ち着きがないのは残念だが、料理も接客も一流に近い。鈴木はこの一年仕事をした気がしないという。書籍3冊を執筆、ムック2冊へ寄稿、翻訳1冊、雑誌記事の長期連載5本、ブックデザイン7冊、編集DTP8冊に経理処理。会社としては全く申し分のない仕事ぶりだが、彼女本人にとっては企画や仕事を段取りどおりに動かせないと不満らしい。「Windowsトラブルケースブック」青校チェック終了。

【12/6:月】『ビギナーズ21』は月刊になるのか
 最近、日経CLICKの発行部数を追い抜き、日経BP社の市販パソコン雑誌としてNo.1の地位を争っている日経PC21(発行部数26万部)。その別冊として七月から隔月の臨時増刊で始まった「ビギナーズ21」も第3号までで確実に読者の手応えをつかんだらしい。というわけで、第4号以降が月刊の臨時増刊誌にバージョンアップするらしい。特集記事の一部執筆を始めてしまった弊社も、年末進行のダブル過密スケジュールに嬉しい悲鳴。凄いことになっている。いや、この不景気のさなか、ありがたいことです。

【12/7:火】年末は動く。寒波到来。体調に注意してください
 雑誌記事は生モノ。時間をかけた調査が方針の変更により土壇場でやり直し、なんて日常茶飯事。旬の情報を伝える雑誌はそうでなきゃ読者に申し訳が立たない。年末は特に動きが激しい。今日も笑ってしまった。それでもバルセロナ移転計画進行中。この分じゃ新ミレニアムをコロニア・グエル地下教会(バルセロナ)で迎える夢はムリか。いや…

【12/8:水】連載いよいよ掲載開始。Windows 2000記者発表
 「知らなくてゴメンネ!メール入門」の連載が本日発売の日経CLICK (2000年2月号)から始まった。いちばん嬉しいのは、とり・みき さんのイラスト。彼のシュールな加減、好き。正直に言うけど、初回の記事内容はインパクトが弱い。2回目はもう書いちゃったけど、そっちのほうがズットいい。日経CLICK福井デスクと茂木記者の力がでかい。気持ちもでかい。サンキュー。うちはホントに編集者に恵まれている。Windows 2000に関するMicrosoft 社の記者発表あり。雑誌記事は移動中に書く…んなわけない。そんなことしたら村田昭治教授からどやされるわい。移動中は電車の中吊り広告とオネエチャンのファッションを鑑賞するべし。

【12/9:木】執筆の日・ジョブ管理の日
 執筆する以前にサンプルケースを想定するのだが、税金がテーマだとかなりやっかいだ。そうやってライターは雑学を増やしていく。月次のジョブデータベースチェックの日。夏場三ヶ月の低迷が響いたが持ち直してきた。

【12/10:金】ひたすら執筆の日
 締め切りは月曜日。

【1999/12/11:土】夜は宴:
 「それゆけ!ビジュアルベーシック」(高橋麻奈著)の見本刷りが届く。グエルで本格的に編集した本がいよいよ店頭発売開始だ。麻奈さんは赤門出身のインテリだが、わからない人の気持ちを表現できる稀有な人である。プログラムに全く興味のない人であっても、コンピュータとはこんな風に付き合えばいいのか、と唸らせてしまう。読者に末長く愛される素晴らしい本に仕上がっている。夕方から訪問した旧友宅で爆睡。お邪魔様でした。

【12/12:日】ただひたすら執筆の日。寒い
 締め切りは月曜日。翌日から毎日が締め切り。夜は宴。あと十日で長期取材旅行。時間がない。ホームページいじってる場合じゃないのだが…。冷える。日曜日午後の首都高速は相変わらず空いていた。

【12/14:火】夜は宴、無念バルセロナ
 年末進行の圧迫とサーバー構築のため、22日から予定していた「バルセロナ取材旅行」を中止。心通じる環境を整えるのが先だ。夕方から渋谷パルコ劇場で「二代目はクリスチャン」を観る。前から三列目の絶好の席で観劇できるのは、つかこうへいフリークの友人、湯山きょうこさんのお陰。忙中の閑。主役の小西真奈美嬢の透明な妖艶さが役達者たちの演技を貫く。夜、悲しい知らせに動転する。

【12/15:水】夜は宴:大人の夜
 音楽家、イラストレータ、デザイナー、編集者、ライター。いつの間にやらみな社長。“IDEE”の家具で統一された南青山のシンガポール料理店“Rojak”。顔とスタイルで採用された店員。北欧風音楽。大きな書棚を背に書斎で談笑といった雰囲気。二次会は転じてバー“3rd Radio”。大人の落ち着きは上村桃子氏の演出か。どちらも木造二階家、素材勝負の手作り接客。ガキは来るべからず。

【12/16:木】刷り本届く
 待望の「Windows 98 トラブルケースブック」の刷り本が届いた。年内に店頭に並ぶ。旧友であり尊敬するライターの三保谷裕二君が執筆した。グエルで編集させていただいた。山歩きをこよなく愛する夢想家の彼は柄にもなく制作編集会社を切り盛りしたこともあるが、やはり書く人である。今後の活躍が大いに期待できる人材である。ナツメ出版企画の矢野正基氏の対応は、同出版社に対する既成概念をいい意味で大きく崩した。今年の収穫のひとつだろう。

【12/17:金】執筆の日
 熱すぎる気持ちは罪悪である。クールダウンして執筆に打ち込む。

【12/18:土】夜は宴:朋あり遠方より来る
 花瓶に差したゆりの香りで朋を迎える。剪定バサミが見当たらない。飯台で七人前のチラシ寿司をつくる。団扇がない。花を生けるも寿司を盛るも久しぶり。成城風月堂の団子を洒落に置く。酒は十分。マノアの廊下に遠慮なしの足音が響く。朋の宴、抜け殻が酒で息を吹き返し。

【12/19:日】風邪と熱病と執筆と
 寒気は風邪の前兆か。強すぎる気持ちが執筆への集中力を妨げる。何に中ったのか下痢に悩まされ急激に体力が落ちる。眠れないまま起き出し午前三時から明日締め切りの原稿を書く。どうしても我慢できず少し横になる。

【12/20:月】日経CLICKで打ち合わせ
 正午、原稿が書き上がる。意識朦朧のままメールを入れ顔を三度洗って愛車をデパートの駐車場に入れ電車で表参道へ移動し女ばかりの店でカレーを食し、日経CLICKへ出向き三十分で会議を終わらせ少し幸せとなる。修羅場と化していた編集部の飲兵衛を呑みに誘う。明日以降、編集部は暇になる。睡眠不足だったが神宮前でマッサージを受け、青山ブックセンターで読書。「インターネットビジネス白書」(ソフトバンク)を購入。玉川高島屋地下の明治屋でネーブルオレンジを8個、調理用トマトを4個買い薬局で風邪薬を入手し車から降りると這うように帰宅。スターメーカー竹野内豊はまたひとり、松嶋奈々子という女優を育て、中島ひろこがドラマの最終回をしめた。
 自分を追い込み鍛え続けている人は強く美しくなる。それと引き換えに絶望という地獄を何度も味わう。這い上がれなければそれまで。覚悟がいる。逃げ回ってばかりいる奴はモノ造りを止めたほうがいい。ただし、そんなこととは全く無縁の天才と馬鹿もいる。二十年前に録音した友人たちの声を聴きながら思いにふける。風邪で熱っぽい。

【12/21:火】風邪直る
 馬鹿は風邪を引かないという。風邪薬を処方どおりに飲んだら一日で直すことができた。一日中眠くボーとして暮らす。PC-Gaz!の編集担当者が年末から新婚旅行なので明日中に何本かの原稿を出さないとイカンらしい。こういう人間的な理由のときは、よっしゃ書くぞおと気合が入る。呑み助専用にバカラのグラスを購入するも今夜はお流れ。

【12/22:水】夜は宴:日経BP出版局
 PC-Gaz!の原稿を3本書き上げなきゃいかんのに友人と長電話。秒読み状態で書く。「追い込まれるとよく書ける」という真理は生きていた。担当者に絶賛される。自分でも思いもかけなかった出来栄えに驚く。そんなときもある。
 夜は日経BP出版局の忘年会になんとゲストで出席。おこがましい限り。数年の間いつも明るくかわいい声で電話をとってくれてたちょっとケバ目のお姉ちゃんとご歓談。しかし、この方No.2の課長さんであらせられました。う〜ン、知らなかった。能ある鷹はなんとやらか……。名刺交換なんぞすると、たまに豚でもないことになる。ワナワナ。新橋のうどんすき屋『美々卯』は超満員。日経PC21へ移動したT氏も乱入しもう満足、満腹、健全解散。アルコールでやられた師走の内臓に「うどん」はなにより。
 宴のあと、サーバー導入計画のため深夜まで会議。師走は宴の合間に仕事する……か。

【12/23:木】深堀寛二の誕生日
 小学校5年生のときだった。屋根拭きをした夜、「ちょっと気分が悪い」と言って横になったまま他界した親友の父。深堀実君は現在、郷里で医者を営んでいる。私は中学のとき長崎から平戸に転校し、佐世保にある彼の兄の母校に進学する。深堀の兄と私の兄は悪友であったりする。その後、深堀君とは疎遠になったが、高専で松山君という一人の友と出会う。松山は博多にある大学に進学し、深堀と同じ大学の同じ学部で学ぶことになる。
 深堀が生まれたのは昭和天皇の誕生日でいつも休日だった。その弟の寛二の誕生日は当時皇太子だった平成天皇と同じだったと記憶する。今日が彼の誕生日のはずだ。今頃、彼らは何をしているのだろう? 兄弟とも誕生日を祝日として祝えるのは家族にとって嬉しいことか煩わしいことか……。
 さて、それぞれの人にとって、私の天皇誕生日とは、何を意味するのだろう。

【12/24:金】サーバーを注文する
 月末発売の雑誌の場合、連載記事を執筆する者にはこの時期に1月末発売となる3月号の初稿チェックがやってくる。編集部によって記事の扱いは全く異なる。極端な話、記事の内容だけでなくレイアウトまで全面的におまかせという場合もあるし、ネタ出しだけで後は編集部で原稿が切り刻まれ跡形もなくなってしまう場合もある。どちらが主導権をとるかに良し悪しはなく、編集部と執筆者の力関係と編集部の文化に従うのが一番。お互いの力を出し合ってよりよい記事を作り上げるには、船頭を一人に絞ることが肝心なのだ。
 新しいサーバー導入のため本日パソコンを注文した。年末に届く予定。いよいよ動き出す。夜は自分のためにささやかな宴を持つ。

【12/25:土】夜は宴:冗談づくし
 知り合ったのは彼女が小学校5年生のときだった。あれから二十年ほどたち、彼女は舞台役者やダンサーとして活躍している。端役ではあるが毎年「レコード大賞」や「紅白」にも出る。忙しい合間を縫って差しで飲む。笑いすぎて腹筋が痛い。青山『3rd radio』のディナーと接客はいつものとおり素晴らしかった。タバコで荒れた唇にはリップクリームが効果テキメン。

【12/26:日】夜は宴:激励
 当日、なんの音沙汰もなく解雇されることがある。「今日で店を閉めるから」という経営者の一方的な都合で解雇された寿司職人がいた。二年後の先月、高津区梶ヶ谷に素適な店を開店した。『美来屋』への開店祝いを胸に経営コンサルタントの方を招待した。梶ヶ谷に新しい文化の輪が広がり始めるかもしれない。あの職人には人を呼ぶ力がある。

【12/27:月】夜は宴:日経CLICK
 青山『Giardinetto』で日経CLICKの忘年会。大勢のクリエーターが集まったが今年は女性の多さが目立った。CLICKから外に飛び出して行ったスタッフも必ず出席する。外部の新鮮な血を入れるCLICKの体質と勢いは日経BP社では異質だが、この試みは続けてほしい。初代編集長の齋野亨氏とWENETの話で盛り上がる。通信ネットワークの力を思い知った宴でもあった。このHPをチェックしてる人が多くて驚く。今年最後の宴は『3rd Radio』の二次会で打ち止め。15回の忘年会はすべて楽しく実り多かったが、年末進行の原稿執筆や来年へ向けた企画も重なり辛いこともあった。

【12/28:火】仕事納め
 執筆する原稿はすべて書き終えた。サーバー用のリプレースマシンが届く。一年分の仕事を納めたハードディスクを整理して仕事納めとした。田舎からサトイモ1キロ、ジャガイモ2キロ、ひじき、切干大根、大根2本、ハリハリ漬け、ベッタラ漬け、切り餅、そしてカンコロ餅十本が届く。父の最期を看取ってくれた義理の母は不自由な右手で味噌を漬け、毎年暮れに山のような大きなダンボールに島の香りを詰め込んで送ってくる。感謝。

【12/29:水】起きたら夕方
 締め切りに終われないで年を越すのは珍しい。嬉しくなって外部からのすべてのアクセスをシャットアウトし昨夜ベッドに入った。目が覚めると夕方。洗車している間に玉川高島屋でラーメンを食べ、少しばかり買物をした。ちょっと強面の人相のせいか小汚い普段着で行くと馴染みの店以外では極端に扱いが悪い。デパートは去年より盛況。銀行周りの処理をし事務所の掃除をしていたら、新企画のため相談あり、との編集者から誘いがあり夜は飲み会。ああ! HPを更新しデータのバックアップを取っていたら朝になる。

【12/30:木】帰省を断念
 徹夜明け。あまりにもお腹がすいたので、義母から届いたばかりのジャガイモをふかし、ペティナイフで5ミリ厚に切ったヤクルト・バターをのせてとかし、ビン詰の白いマヨネーズを大さじ一杯、10ミリの厚切りにした神戸の親戚が贈ってくれたハムを盛り合わせて食べた。それでも太らないのはなぜだろう。数時間後、寝たときと同じ姿勢のままベッドで目が覚める。それからずっと田舎へ「今年は帰れない」と電話をかけまくる。なぜ帰ってこないのかと、うるさい親戚が多いからだ。離れていてもいつまでもつながっていたい人たちがいることは幸せなことなのだと、今年は特に痛感した。帰れない分、たんと年始を送ってやろう。
 夜、牛丼を食べたいというわがまま者のために渋谷まで首都高速を飛ばす。帰省ラッシュが今年はおだやか。渋滞に巻き込まれないですんなりと帰宅。

【12/31:金】年越し
 今年はゆえあって一人で年を越した。事務所のパソコンをみ〜んなONにして新年を迎える。まったく異常なし。異常があったのは回線ビジーで携帯電話が「しばらくお待ちください」という表示を出していた。それもDoCoMoだけ。音質よくないし別のに変えようかいな。

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